出会い

−十和田湖で−

初めて君に会ったのは、何の変哲もない初夏の日だった。

その日私は友人とプールに行った帰り、友人の運転する車の助手席で窓を開けていた。プールで冷えた体には冷房よりも夏の風の方が心地いい。晴れ渡った昼下がりの空を見上げていると、気づいた時に君はもう私の横にいた。
「北海道、行かない？」
何の前触れのない私の言葉に、それでも友達はさして驚かなかった。少し悔しいけど、彼女のとなりにも君がいたんだと今思い出す。
「いつ？」
「そうだね、９月」
「いいよ」

驚く程あっさりと日程が決まっていった。ただし、私達の休みは短すぎて車での気ままな旅を楽しむのに北海道は遠すぎた。しかたなく私達は青森の友人をたずねることにした。
９月の中旬、友達と私は友達のおんぼろに乗り込んで運転を交代しながら夜の東北自動車道を飛ばした。明け方近く疲れのたまった私達はパーキングで仮眠をとった。夜中中しとしと降り続いていた雨はようやくあがった。
２時間ほどそうして眠ると少し体が楽になったような気がする。青森の友達との待ち合わせは夕方だ。まる一日の時間がある。地図を開くと十和田湖という湖が目にとまった。とんでもないことに私達はなんの予備知識もなく出発してしまったのだ。十和田湖という名前さえどこかで聞いたことがある、という程度にすぎない。その時その地図の名前に気づいたのは本当にラッキーだったと今でも思う。
「ここ、いってみる？」
「そうだね」
私達は十和田ＩＣで高速を降りると十和田湖に向かった｡午前８時という時間にもかかわらず駐車場には観光バスが１台入ってきた。もしかして有名なところなのだろうか。
少し高台になっているその駐車場からは青く澄んだ湖面を見下ろせた。その青さと９月とは思えない肌寒さがほとんど寝ていない私の頭をひとかけらの曇りも残さず透明にした。ほんの少し色づいた山々に抱かれた湖を見ていると隣に君がいた。

君が私に見せたかったのはこれだったの？

「すごいいい所なのになんで隣にいるのがあんたなんだろう」
友人の声に私はしかめ面で振り返った。
「こっちのセリフだわ」
もう一度振り向くと君はもういなくなっていた。

適当に地図を開いて青森市内の友人宅を確認する。
「この道通っていけばいいんじゃない？」
「そうだね。なんか温泉いっぱいあるよ。入っていこうか」
「うん」
そこが有名だかどうかなんてもちろん私達の頭にはない。ゆっくり車を走らせた。
「ねぇ、ちょっと止まっていこうよ」
細めの道の両脇にはまるで洗ったかのような緑の木々が降りそそいでいる。なんて美しいところだろう。この時期、この時間、この場所にいられることに、信じてるわけでもないけど神様に感謝した。横に流れる川はゆるやかに緑の中を縫っていく。道は川の流れにそって走っている。ふと気づいたが水面と道との高低差があまりない。私の家の近くの山では川は谷間に流れていて水底などまったくといっていいほど見えない。だがここはあたりを覆う緑を写し、それでいて透明な水は川底の小石まで鮮明に見ることができた。
私達は車を降り川の横の小道を散歩した。
「行くのぉ？」
友人は散策４kmという看板を見てうんざりしたように言った。
「途中までだよ」
本当のことを言えば４km歩いてもよかったのだが、帰り道を考えるとさすがに寝不足にはつらい。
のんびり朝の空気の残る道を歩く。東北を旅したことはなかったが、今まで来なかったことを後悔した。途中、ベンチで休みながらしばらく行くと小さな売店があった。友人はジュースを買っている。
ふと見ると駐車場にバイクがとまっていた。私の町のナンバーだ。

急に私の鼓動が早くなる。

君はそのバイクのまわりにうれしそうにまとわりついている。
胸がドキドキと苦しく高鳴った。

もう一度この場所にバイクで来たい。

心からそう思った。

一度もバイクで長旅などしたことがないけど、でも必ず来よう。君と一緒に。