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昼過ぎから降り始めた雨は降ったり止んだりを繰り返しながらもあがる気配はない。

雪など一冬に数回しか降ることのないこの地方、昼間店の中ならトレーナーでも平気だが、さすがにこの天気では寒い。作業がしにくいが古いセーターを着こんでチェーンの掃除をする。

親父の代からの自転車屋。２年前に親父が死んでからは一人で切り盛りしている。
ようやく軌道には乗ったが、最近は自転車屋も大手チェーンが出てきているし、いつまで続けていられるのか・・・。

雨が降れば外に商品を出しておくわけにもいかないのでただでさえ狭い店の中は作業するスペースを確保することさえ大変だ。

それなのに店の一番いいスペース、通りから見えるいわばショーウィンドウには商売とは直接関係のない僕のバイクが飾られている。
もう生産終了して１５年以上は経つがもちろん現役だ。店がひまなのをいいことに近くをふらふら走ったり、ぴかぴかに磨き上げたりしている。
このバイクを見るたびに母親がなんの店だかわからないとぼやく。

そろそろ薄闇が迫ってきた。いつもより少し早いが照明をつける。
外から見ると薄暗い店内にバイクだけがオレンジ色の光を浴びて浮かびあがるように見える。確かに自転車屋には見えない。

苦笑しながら中に入ろうとした僕はふと横にいた人に気づいた。
雨をよけるために店の軒下に逃れたようだが食い入るようにバイクを見つめている。

まっすぐな長い髪の女性。華奢でオートバイなんて触れたこともないように見える。
だが、そう見えて男以上に乗りこなす女性を何人も知ってる僕は彼女もバイク乗りなのだろうかと思った。

おりしも雨脚が強くなり、小さな軒先では雨をよけきることができない。
「よかったら中で少し雨宿りしていきませんか」
彼女はびっくりしたように僕を見た。
「どうせ、ひまですから。どうぞ」
「ありがとう」
彼女は小さく頭を下げると中に入ってきた。
僕は申し訳程度のイスをすすめようとしたが、彼女は入り口でぴたりと立ち止まり声をかけるのがためらわれるほどの切実さでバイクを見つめている。

イスは黙って横におき、僕は作業を続けることにした。

じろじろ見るのは失礼だと思いながら、僕は彼女のバイクに対する想いを想像してみた。

別れた恋人が乗っていたバイク、やむをえない理由で手放してしまったバイク、どうしても乗りたくて探しつづけているバイク…

そのどれもが当てはまらない気がした。あの人がバイクに乗る姿はどんなだろう…

映画の１シーンのようにライトアップされたオートバイと彼女は、そこが自分の店の中でありながら近寄りがたく美しかった。

「ありがとう。やんだみたいだから行きます」
「じゃあこの傘をどうぞ。まだ降るかもしれない。安物のビニール傘だから返さなくていいですよ」
ちょっと遠慮しかけた彼女はためらってからその傘を受け取った。
「お世話になりました」

彼女が立ち去り、ひんやりとした空気だけが店に残った。


雨が降ると店の外からバイクを眺めるのが僕の習慣になった。