足りないもの

息子も３歳になり、少しは遠出もできるようになってきた。
休日には妻にせかされて彼女一人ではちょっと心配だという大きな公園までピクニックに行く。
心地よい青空、ケンカもするけど申し分のない家族、その家族のために毎日こなす仕事。
まったく不満がゼロではないが、合格点である自分の生活。

でも「何か」足りない。

急に雲行きが怪しくなり、早々に引き上げた公園からの帰り道、少し混み始めた国道での信号待ち。
すっと、それほどのエンジン音もさせずバイクが一台車の前にすり抜けてきて止まった。

荷物をたくさん積んだオフロード車。一目見てわかる長距離ツーリングだ。
彼は並んでいる車の運転手など気にもせず地図を見ている。

ふと彼が空を仰いだ。慌てる風もなくただ空を眺めている。
車のフロントガラスにぽつぽつと雨粒が落ちてきていよいよ雨が降り出したことがわかった。
レインウェアでも着るかと思っていたが、彼はまた何事もなかったように前を見て、そのまま走り去っていった。

ようやく青信号に変わったことに気付き自分も車を発進させる。

雨は徐々に強くなってくるが、道端でレインウェアを着込む彼の姿は見当たらなかった。違う道に行ってしまったのかもしれない。

暑くても寒くても雨が降っても快適な車。
だけど、ずぶ濡れになってもただただ楽しかったあの頃。
オートバイという乗物。乗らなくなってそろそろ４年になる。
妻はそれほど反対したわけではなかったが、やはり心配した。子供ができてますます乗らなくなり、かといって手放すのも忍びなくて今、僕の乗っていたバイクは相変わらずバイクに乗りつづけている友人の元にあり、友人が乗ったり手入れしてくれている。

これがその「何か」なのか。
わからないけど、心を強く揺さぶるもの。

「行ってきたら？」
ふいに妻が言った。
「え？」
彼女は仕方なさそうに微笑んでいる。
「そんなに通り過ぎるバイク全てをじっと見つめてるんだもん。乗るななんて言わないわよ」
通りすぎるバイク全てを？僕が？
「もちろん私達のことはちゃんと考えて乗ってね」
後部シートでそろそろチャイルドシートが窮屈そうになってきた息子が眠っている。その寝顔をミラーごしに見た。

この子もいつかバイクに乗りたいと言う時が来るんだろうか。

「ありがとう」
「どういたしまして」
彼女が笑う。

次の休み、近くてもいい。走りにいこう。