落葉

「今日はどこに行ってきたんだ？」
僕がツーリングから帰ると必ずじいちゃんはそう聞く。電車ででかけた時には一度も聞いたことがないくせに。
「高山だよ」
「そうか」
それ以上聞くわけでもない。僕が話せばふんふんとうなづいているけど、興味があるのかどうかもわからない。

じいちゃんは昔バイクに乗ってたんだよ。
いつだったかおふくろから聞いた。
死んだばあちゃんが止めるのも聞かず６０過ぎても乗りつづけていたそうだ。６５の時にそれまで乗っていた中型バイクを売ってカブを買った時にはさすがにみんな呆れて何も言わなかったという。
７０の時に手を骨折してからバイクには乗っていないが、時々僕のバイクをながめている。少し離れた場所から無表情なままただながめている。うれしそうではないが、寂しそうでもなければうらやましそうでもない。

バイクの洗車やメンテは、わざわざじいちゃんの部屋の前までバイクをひっぱってくる。頼まれたわけではない。ただなんとなく。じいちゃんもじいちゃんでただなんとなく縁側に座ってそれを眺めている。

「じいちゃん、バイクのこと、語らないね」
洗車を済ませワックスをかけながら聞いてみた。
ツーリング先で駐車場にバイクをとめて休憩していると、じいちゃんより若いおじさん達に長々と昔話を語られるのはよくあることだ。
「オートバイはな･･･」
僕は驚いてワックスを拭く手を止めた。何か話すんだろうか。
「オートバイは語るもんじゃない。乗るもんだ」
どきっとした。淡々と話すじいちゃんのその言葉はあまりにもかっこよかった。そろそろ僕もベテランライダーって言えるかなと、最近少し得意になっている自分があまりにも青臭く思えた。

僕が一人で感動してるのにまったく気にもしないでじいちゃんは座ったままうたたねをはじめた。
残っていたワックスをふき取り秋の陽を浴びたバイクはこの上もなく美しく輝いている。
振り返るとじいちゃんは身動き一つせず眠っている。
せっかくきれいになったのだからと思ったがあまりにもよく寝ているので起こすのをやめた。

そよそよと風が吹き、最後まで名残惜しげに枝に残っていた枯葉がはらはらと落ちた。

暖かい秋の日だった。

Photo by Mr. Hiroshima