あお

−神の子池−

北海道に梅雨がないなんてうそだ。

上陸してからまったく降らなかった日などなく、北海道の青空と緑の大地を期待してきた私はいくらか気落ちしていた。もちろん、北海道でしか得られないライダー達との出会い、おいしい食べ物などたくさんの素晴らしいことはあったけど、どこまでも広がる青空や太陽の光を照り返す緑の草原、そこを吹き抜ける気持ちのいい風、なんてものは相変わらずのじめじめとした雨にかっぱを脱ぐことさえままならない状態ではとても望めない。走っているのは移動のためだけという日が５日間ほど続いている。

北海道ツーリングを夢見ていろんな人の話を聞きガイドブックを読んだ。情報の切り抜きもタンクバックにいれて、初めてのソロロングツーリングのためにできるだけの準備をした。
その中で出会った一枚の写真。夏前、北海道に渡るライダーのためのバイク雑誌の特集の中にあった写真。ある小さな池のもの。
写真だというのにその透明な青さは息を飲むほどだった。その青さは強い酸性のせいで、またそのせいで池の中の倒木が腐らずそのままの形で沈んでいるという。

どうしてもここにいきたい。この景色を自分で見てみたい。
強くそう思った。

明日はあの池に行く。天気もだいぶ回復してきた。期待に胸を膨らませながら、でもだいたい写真っていうのはきれいなところだけを切り取っているものだから実際に見るとがっかりするかもしれない、と自重する。気になるのは２キロ程のダート。フルカウルのレーサーレプリカではきついかもしれない。他のことなら絶対に何があっても通らないダートだけど、この池だけははずせない。たかが２キロ。どうしてもだめなら歩いていこう。
翌朝、快晴。嫌が上にも期待は高まる。滅多に晴れないという摩周湖もきれいに晴れ渡り、晴れた摩周湖を見ると婚期が遅れるとかいう噂を思い出したりする。ま、いいか。

本命の池は摩周湖のすぐ近く。快適な舗装路を走っていくと小さな看板が目に入った。ここだ！慎重にダートに入っていく。やはりオンロードにはつらい。池のことだけを考えてひたすら耐える。ところどころ川のせせらぎが近づきもっとよく見たいのだけどそんな余裕はない。必死の思いで２キロを走ると道が開け駐車場になっていた。まずは一安心。バイクをとめる。ライダーが２，３人。それ程人はいない。特に標識も何もないので人のいる方に歩いていく。横を流れる川の水も澄んでいる。これだけでもきれい。でもここじゃないはずだけど…

きょろきょろしながら何気なくしていた私はその瞬間息を飲んだ。

なんていう……

言葉など、出ない。ただ鳥肌のたつほど美しい景色の前に立ち尽くした。

なんていう、あお。あおという言葉では表現しきれない。澄んだあお。これが水の色だろうか。濁った水を見慣れている目にはまるでその方が作られたもののような気さえする。

あの写真の通りだ。ううん、写真よりもっとすごい。小さな池なのに目が離せない程の強烈な印象。神々しいほどのあお。

しばらく立ち尽くしたあとふと魚に気付いた。オショロコマらしい。この池の主だろうか。なぜか敬意を払ってしまう。

神の子の池。まさにその名にふさわしい。

この池のために雨の５日間があったとしても決して後悔などしない。
その美しさに私はしばらく帰りのダートのことを忘れて微笑んでいた。