キャンプの夜

へぇ。あいつが来るんだ。
組合のイベントのキャンプに、隣の課の田中が来ると聞いたときは意外な気がした。参加するのはほとんど家族連れ。子供の参加が多いので手伝える人は是非参加してほしいとは連絡があったが実際に手伝いのために来る人はほとんどいない。普段あまり愛想のいい方でもないが独身の彼が参加するのだから余程子供好きなのだろう。

当日僕も自分の子供と甥っ子二人を連れて参加した。自分の子供だけでも手一杯なのに甥っ子二人は普段と違う環境にテンションあがりっぱなしでとてもくたびれたおじさんの手には負えない状態だ。
それでも他の参加者と合流し子供同士で遊びだした頃にはだいぶ親たちものんびりできた。

久しぶりに使うキャンプ道具にもたつきながらコーヒーを入れているとバイクが一台キャンプ場に入ってきた。
最近珍しくなったオフロードバイクにキャンプ道具を満載にした姿。小川で遊んでいた子供たちが何事かと一斉に振り返る。このキャンプ場は今日は貸切のはずだが知らずに入ってきてしまったのだろうか。
見ていると他の車から少し離れたところにバイクを停め、受付で名前を書いている。あ、田中じゃないか。あいつバイクで来たのか。

それが参加者だとわかった子供たちが大騒ぎをしてバイクを取り囲む。田中は迷惑そうな顔をしながらもくもくと荷物を降ろしテントを張っている。
僕も子供に混じってバイクに近寄ってみた。
もう１５年以上も前の型だ。走行距離も軽く１０万キロを越えている。確かに古いしそれなりにあちこち汚れも目立つが駆動部は全てグリスアップしてありワイヤー類もきれいだった。僕の５年しか乗っていないバイクの方が余程手入れされていない。
一人の子供が興味津々でバイクに手を出そうとする。
「こらこら。あまり近付くなよ。そこは熱いから火傷するぞ」
注意すると手を引っ込めるがやはり気になって仕方ないらしく、子供たちはバイクから離れようとしない。
田中はと見るとさっきまではやはり子供を気にしていたようだが、ほぼ設営も終えてくつろいでいる。
バイクも珍しいようだがライダーも珍しい子供たちは今度は田中を取り巻きだした。どう見ても子供好きには見えないし、まったく愛想もよくない割には子供たちが離れない。
親としてはラクなのでまかせておくことにした。

いくらものめずらしいとは言っても相手にしてもらえなければ子供たちも飽きるだろうと思っていたが、田中は一向に子供たちから解放されず結局親たちはずいぶん楽をさせてもらえた。

さすがに元気だとは言え昼間に張り切りすぎた子供は寝つきようやく大人だけの時間になった。
子供たちのために盛大に燃やしたキャンプファイヤーもほぼ崩れ今は小さな焚き火になっている。
野外での料理も火の扱いも田中は慣れたもので今も焚き火をつついては炎をたてている。
「お前、子供好きだったっけ」
見た目に似合わず甘いチューハイを飲んでいる田中に聞いてみた。
「うーん、特別好きではないですね」
それは見た目どおりだ。
「その割には子供に大人気だったな」
僕が笑うと田中も苦笑した。
「どうしてですかねぇ。僕のそばにいてもおもしろくもなんともないと思うんですけど」
少し火勢が落ちたかなと思うとすかさず田中が薪をくべる。一瞬炎が落ちまたすぐに勢いよく燃え上がった。
しばらくそのまま沈黙して、また僕から話す。
「あのバイク、新車で買ったの？」
田中はぼーっと炎を見ていた顔を初めてちらりと僕の方に向けた。
「そうですよ。会社に入る少し前ですね」
15年前。その頃は僕も毎週のようにツーリングに行っていた。
「何に乗ってたんですか？あ、今も乗ってるんですか？」
思いがけず田中から質問してきて僕はびっくりして彼の顔を見た。
「おれ、乗ってるって言ったっけ？」
「いえ」
田中はくすくす笑った。
「バイク乗らない人の最初の質問は大抵『あれ、何ｃｃ？』ですから」
ああ、そういえばそうだ。僕もよくそういう質問をされた。
「見てればわかります。子供たちが僕のバイクに群がってた時も山崎さんがちゃんと見ててくれたから放っておいたんです。そうじゃなきゃ危なくてバイクから離れられませんでしたよ」
うーん、しかし特に何をしたわけでもないのによくわかるものだ。
「ああ、おれのバイクだっけ。XJRだよ。最近はほとんど乗ってない」
「そうなんですか」
それ以上特に聞こうともしない。
そうだな。僕も自分が毎日乗ってた時は人が乗ってようが乗っていまいがそんなことはどうでもよかった。ましてや「昔おれが乗ってた時は・・・」とか聞かされてもおもしろいことなど何もなかった。
「で、なんで今回参加したの？特別子供好きなわけでもないのに」
答えてくれるかどうかわからなかったけど聞いてみた。
多分僕なら独身でバイクに乗り続けていたらこういう場所には来ない気がした。自由気ままを好むキャンプツーアラーが、ファミリーキャンプに合流するなんて。
「おれ、もともとキャンプツーリングがしたかったわけじゃないんですよね」
質問したくせにぼんやりしていた僕は田中の言葉に少し驚いて彼を見た。
「バイクには乗りたかったけど。でもいつの間にかキャンプツーリングしてた。そのうち似たようなことしてる仲間も増えてずっと続けてますけど、ふと最近思い出したんですよ」
また火をつつく。
「子供の頃の、あれは学校の行事かなにかだったと思うんですけど、キャンプがあったんですよね。その時何をしたかなんてほとんど覚えてないんだけど、そのキャンプに手伝いに来てた若い兄ちゃんがいて、その人がバイク乗ってたんですよ。その人は今のおれなんかとは違って子供の扱いが上手くて歌うたったり遊んだりいろいろしてくれました」
田中はそう言ってちょっと笑う。
「おれらは早々に寝ちゃったんですけど、夜中にトイレに起きたときに小さな火が見えて近付いてみたらその兄ちゃんが一人で焚き火してました。一人なのになんか楽しそうで。片手にウィスキーか何かの小瓶持ってちびちびやりながら。なんかすげーかっこよくて。おれの中で初めてのライダーってその人だったってふとこの間思ったんです。そうしたら丁度このキャンプの案内がきててうっかり申し込みしちゃいました」
へぇ。なんだか田中の意外な一面を見たような気がする。
「忘れてたくらいだし、覚えてたとしてもその人に憧れてっていう程の強いインパクトはなかったんです。ましてや今回このキャンプに来たから何がどうなるっていうわけでもないし･･･。なんかわけのわからないこと言ってすみません」
「いや、なんとなくわかるよ」
ちょっと照れたような田中に僕も笑ってみせる。

さっきまで田中に群がっていた子供たち。あの子達の中の１人か２人でももしかしたら将来バイクに乗るようになるんだろうか。そしてまたこうして子供たちの前に姿をあらわして。
そうやって続いていくライダーのつながりっていうの、なんだかいいな。

今度の休みは久しぶりにバイクででかけてみようか。

Photo by Miduki-san